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宮司エッセイ・短歌


宮司 矢島忠男


 西南方の空高く霊崎富士の高嶺を遠くかすかに望む高台に鎮まる"久伊豆神社"の緑の森は、陽光(ひ)の光を受けて静かに鎮座している。言わゆる森は杜とも表記され、正に「神の鎮まります所」を意味している。
 この久伊豆の森から見下ろされる広々とした周辺一体は、今からおよそ一万年以前の昔にあっては、古東京湾の海水をたたえていた海であったと言われる。
 思えば、この付近の"黒浜""長崎"といった海浜地名が如実に示すように、時代の流れの中でその時々により変化はあったにせよ、今ここに思いを巡らせば、太古の時代荒々しい海水が寄せ来る海ではなかったろうか。"江ヶ崎"という地名が残されているように・・・。余談となるけれども、「江ヶ崎=江の崎」で、海の入り江の地であったことを示唆していよう。
 そしてこの久伊豆神社は、日の光出づる所、社殿は東を向いて鎮まっている。人呼んで"一本杉”と呼ぶ参道の入口を進めば、左右に緑の樹叢を眺めつつ歩を進めると、やがて江戸期の寺子屋遺跡"南江筆塚碑"を右手に朱の二ノ鳥居をくぐり、阿吽の"獅子・狛犬"に目を見張りつつ、朱色の灯篭が厳かな景観を見せている。
 この久伊豆の森の樹叢は人の目を見張らせる。神の鎮まる社殿の周囲は厳かにして美しい緑の森・・・。春夏秋冬、季節は巡り推移するけれど春が来れば宮司家門前の桜の花が咲き乱れて美しい。秋ともなれば、銀杏の葉の緑が一斉に黄葉し、社叢の景観を満喫させる。
 そして、この緑の森は時折季節の訪れにつれて、春には鶯、また時には雀や目白等々折りに触れては小鳥達のさんざめく声が聞こえて来る。そんな鳥達の羽ばたく森の天国でもある。
 この江ヶ崎には、遥か遠い昔、八百年も前であろうか、鎌倉時代から土塁を築いた”江ヶ崎城が存していたという。久伊豆神社は、守護神として当時の武士達から信仰されていたと言い伝えられている。
かつて明治期に、宮司家の屋敷から、鎌倉時代・正和3年(1314)銘記の、関東最古という歴史的な"鰐口"が発見されている。これというのは神仏の御前に祈願を籠めて参拝するところの祭具の一種であり、神社の歴史の古さを物語っていよう。


久伊豆の大神を讃える歌  五首
宮司 矢島忠男

久伊豆の 神霊(かみ)は宿りぬこの杜(もり)
  室町の時代(みよ)ゆ 鎮まりにけり

この土地(くに)の 守護神(まもりがみ)として祀られし
 時代(とき)を偲びぬ  久伊豆の大神(かみ)

緑なす 神奈備(かむなび)の樹木(きぎ) 陽光(ひ)に映えて 
  神の神霊(みたま)は光り輝かむ

久伊豆の 清らなる杜に 鎮まりぬ
  弥(いよよ)神霊(みたま)は 守護神(まもりがみ)として

大国主の神の御霊(みたま)は永遠(とこしえ)
  鎮まり坐さむ この神奈備に

   

 
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